北宮
【きたみや】

旧国名:肥後
菊鹿盆地東部,菊池川上流右岸に位置する。地内の北宮神社は永和4年菊池武朝が阿蘇北宮を勧請したと伝え(菊池郡誌),地名は北宮の勧請にちなむという(菊池風土記)。北宮神社の祭礼時には,深川の神輿休を経て北宮社の西上市場・下市場という所を神輿が通り,菊池氏の桟敷場で神輿行幸が行われ,山の能を興行したという。天正7年3月薩州勢が乱入,この時,北宮神は焼失したため同社の神体を当地へ移したが(同前),この時懐良親王寄進の錦の御旗が紛失し,筑後川の合戦で振られた軍配団扇のみが残ることとなったという。また同社楼門内には永禄5年の胎内銘をもつ矢大臣・左大臣像が安置されて,社内の男女主神や男神5躯・女神5躯の番神座像の像身底面には応永10年6月1日の墨書銘があり,大願主が菊池武朝,願主がそれぞれ菊池氏の男女となっている(菊池市史)。
【北宮村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【北宮(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7224827 |





