下川井野
【しもがわいの】

旧国名:肥後
阿蘇外輪山南部,緑川支流の大矢川と笹原川との間の丘陵地帯に位置する。地内から弥生時代の石器が出土し,譲原には天神社・観音堂もある。また譲原には天正年間に愛藤寺城代結城弥平次が男成家治と戦い,男成氏が敗れて男成社が焼失したという七里川古戦場がある。また譲原には甌穴群があり,七里橋下流の千畳敷と称する岩盤の川床に直径1~4mの甌穴30数基がある。
【下河井野(中世)】 戦国期に見える地名。
【下河井野村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【下川井野(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7225569 |





