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【じょう】


旧国名:肥後

菊池川の支流岩野川中流域右岸台地に位置し,旧小倉街道が通る。地名は,菊池氏一族の城氏の居城(有働城)があったことにちなむという。下原遺跡から縄文後期の西平式土器や緑泥片岩製の扁平打製石斧や石包丁,また松木原遺跡からは弥生時代の黒髪式甕棺が出土。なお西福寺のチブサン古墳は横穴式石室をもつ前方後円墳で国史跡。岩野川沿いには20基を超える横穴墓群があり,うち6号墓の石面には人物などの浮彫りがあるほか字小原にも横穴97基を有する付城横穴群がある。ほかに城下原遺跡・大原遺跡・梅迫遺跡・町遺跡・東谷遺跡や県史跡の馬塚古墳・オブサン古墳などがある。また付城は,佐々成政が城村城にこもる隈部親永への備えとして城を築いた地といい,東付城・西付城の字名が残り,中世城跡が確認されている。
城村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
城(近代)】 明治22年~現在の大字名。




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「角川日本地名大辞典」
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