高橋
【たかはし】

旧国名:肥後
金峰山火山群から南へ突き出した尾根と,そのすぐ南の平野にそびえる低い尾根の間を流れる坪井川流域に位置する。坪井川右岸の尾根には妙観山,左岸の尾根には城山がある。西流する坪井川沿いにありながら白川に挟まれた三角州平野の北縁部に立地する。なお,井芹川の現合流点は昭和7~9年の改修後のもので,江戸期以来上流の花岡山東麓細川家廟所(北岡自然公園)東側である。地内からはナイフ形旧石器が出土し,高橋貝塚のほか,古墳時代のものとして一の塚・二の塚・三の塚を有する城山古墳群や烏帽子山古墳があり,妙観山東山麓の通称二本松・たかぼう・二軒小屋一帯に横穴石室が見られる。なお高橋南貝塚は坪井川右岸に位置する大規模な中世貝塚で,ハイガイ・マガキなど四十数種の貝類のほか,多種の獣魚骨,中国産陶磁器片を出土したが,現在は河川床となっている。
【高橋(中世)】 南北朝期から見える地名。
【高橋村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【高橋町(近世)】 江戸期~明治22年の町名。
【高橋町(近代)】 明治22年~昭和19年の自治体名。
【高橋村(近代)】 昭和25~28年の飽託郡の自治体名。
【高橋(近代)】 明治22年~昭和28年の大字名。
【高橋町(近代)】 ①昭和19~25年の三和町の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7226167 |





