田尻
【たじり】

旧国名:肥後
阿蘇外輪山東部,玉来川上流域に位置する。なお地内の下田尻については,文安5年8月18日の阿蘇社造営木屋勤仕人数番定(阿蘇文書/大日古13‐1)に「六番 瀬田彦六知行〈下田尻〉」と見え,文明16年8月28日の阿蘇十二社同霜宮最花米注文(同前)にも「一所しもたしり〈二百文,まめ一斗〉」とあり,国造宮の分とされている。また年月日未詳の阿蘇社年中神事次第写(同前/大日古13‐2)に「屋立ノ女房百日籠之雑用」として産山(うぶやま)とともに炭籠33を納めている。
【田尻村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【田尻(近代)】 明治22年~現在の産山村の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7226253 |





