100辞書・辞典一括検索

JLogos

28

手場
【てば】


旧国名:肥後

宇土(うと)半島南部中央の大岳から八代(やつしろ)海(不知火海)にせり出した尾根の間に位置し,小湾状の低地の奥に集落が立地する。底江川が流れ,大岳山麓の湧水を集め,八代海に注ぐ。底江崎に古墳時代の横穴墳墓,箱式石棺墓1基が現存するほか,東端の地蔵堂には河野大和守通氏の墓碑と,この地の開祖という河野通家の寛永元年の板碑がある。なお地内の底井については,応永11年10月10日の肥後郡浦庄地検帳(阿蘇文書/大日古13‐1)に,「一,寺田分 見作田三町二段四杖」のうちとして,「底井七坪二段内〈不三杖〉〈今ハ妙光寺〉」と見える。さらに「公田分」として「一,重富跡 助吉」のうちに,「〈一斗五升代〉底井二坪二反内〈不四丈中 乍一反中〉」などと見え,また「同西り」とあることから,底井西里という呼称もあったことが知られる。また年月日未詳の肥後郡浦庄地検帳写(同前/大日古13‐2)にも「一,貞正」のうちに「〈一斗五升代〉底井六坪一段四丈」とある。
手場村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
手場(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7226514