100辞書・辞典一括検索

JLogos

69

富尾村
【とみのおむら】


旧国名:肥後

(近世)江戸期~明治7年の村名。飽田(あきた)郡のうち。坪井川と井芹川に挟まれた台地上に位置する。地名については,「鳥見尾(とみお)」に由来するといわれ,見晴らしのよい丘陵地帯の意で,神の天降の地とされ,神事の地などに選ばれてきた。古墳時代後期の富ノ尾古墳があり,装飾古墳の円墳1基が現存する。また女性の富尾石人(東京国立博物館所蔵)が付近から出土した。熊本藩領。村高は「旧高旧領」316石余。慶長13年の検地帳(県立図書館蔵文書)によれば「活亀(池亀)之内富尾村」と見え,高305石余・反別32町1反余,家数53,人数は男21・女17,牛5・馬1。「肥後国誌」では池田手永に属し,高316石余,小村に法成寺がある。なお同書に法成寺跡が見え,延宝3年米田是正が坪井村に移したという。氏神は天満宮(富尾菅原神社)。熊本県を経て,明治5年白川県に所属。同7年の戸数50・人口286,田畑26町5反余・山野3反余(県市町村合併史)。同年池田村の一部となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7226635