中島
【なかしま】

旧国名:肥後
白川中流左岸,阿蘇立野火口瀬西方の白川の浸食によって形成された段丘の最も低い部分に位置する。高遊原台地が南に急崖をなしている。古代には合志(こうし)郡の最南端にあり,地名に関しては,古く白川の右岸に位置し阿蘇郡と益城(ましき)郡に川を挟んで境を接していたが,貞観11年と寛和2年の大水害により白川の流路がかわり,島のような状態になったため中島と称するようになったとする伝承がある(陣内志談)。宝満鶴から弥生時代の土器が出土する。
【中島村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【中島(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7226753 |





