御宇田
【みうた】

旧国名:肥後
菊鹿盆地北部,日岡山南麓の洪積台地および内田川と菊池川との間の平野部に位置する。縄文時代から古墳時代にかけての成竹遺跡や弥生時代の乙丸・西久保遺跡などがある。延長年間藤原光重が下向し,御宇田氏を名乗ったと伝える(肥後国誌)。御宇田氏墓所と伝える中正寺跡には寛正7年銘の板碑があり,良福寺跡には元徳3年銘の五輪塔があるほか,八郎丸館跡・星丸将監跡には中世土塁遺構が存在する。延長年間御宇田城築城の際に開発したと伝える御宇田井手は,内田川津袋堰から引水し,当地の水田を潤す。
【御宇田(中世)】 南北朝期から見える地名。
【御宇田村(近代)】 明治12~22年の村名。
【御宇田(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7227780 |





