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迎五町村
【むかえごちょうむら】


旧国名:肥後

(近世)江戸期~明治7年の村名。飽田(あきた)郡のうち。白川河口左岸に位置する。熊本藩領。村高は,「寛永郷帳」277石余,「正保郷帳」も同高でうち田224石余・畠52石余,「天保郷帳」278石余,「旧高旧領」388石余。「肥後国誌」では池田手永に属し,高387石余。なお慶長9年の検地帳(県立図書館蔵文書)によれば,高277石余・反別24町9反余,うち田224石余・17町4反余,畠52石余・7町4反余。寛永12年の地撫帳(同前)では,島五郎左衛門手永に属し,先帳前で,高380石余・反別33町5反余,うち15石余・7反余を「新潟畑」が占める。宝暦10年の田畑下名寄帳(同前)では,反別22町9反余,庄屋1・頭百姓7・小百姓31,地内の下ケ名には,迎五町居屋敷を中心に,東から古閑・南古閑・井上(いあげ)・北河原・井手下・三反田・村ノ前・中河原・荒田などがある。熊本県を経て,明治5年白川県に所属。同7年中島村の一部となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7227997