100辞書・辞典一括検索

JLogos

95

奥畑村
【おくはたむら】


旧国名:豊後

(近世)江戸期~明治8年の村名。豊後国国東(くにさき)郡来縄(くなわ)郷のうち。国東(くにさき)半島西部,華岳北麓の丸山川流域に位置する。慶長5年豊前中津(のち小倉)藩細川領,寛永9年豊前竜王(のち高田)藩松平領,正保2年幕府領となり小笠原中津藩預地,寛文9年からは肥前島原藩領で高田組に所属。元和8年には田染(たしぶ)手永に属し,村高は佐野村とともに996石余,家数229・人数326,牛48・馬4(小倉藩人畜改帳)。「正保郷帳」90石余,うち田68石余・畑21石余,「見稲簿」では91石余,「天保郷帳」94石余,「旧高旧領」94石余。元和8年の走り百姓調査によると,慶長8年に速見郡鶴見村へ10人が逃げている(松井文書)。鎮守は山祇社。鞍懸山神宮寺は廃寺。明治4年大分県に所属。同8年佐野村に合併。現在の豊後高田市大字佐野のうち。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7229433