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直入郡
【なおいりぐん】


旧国名:豊後

豊後国8郡の1。「日本書紀」には直入県(なほりのあがた)とあり,「豊後国風土記」に直入郡と見える。「和名抄」には奈保里(なほり)と訓む。郡名は「豊後国風土記」に,昔郡の東の垂水(たるみ)村に高くて枝幹の直く美しい桑の木が生長したので,直桑(なほくわ)の村といい,のち直入の郡と改めたとある。豊後国の南西部,北は大分・玖珠(くす)両郡,東は大野郡,南は日向国臼杵(うすき)郡(宮崎県西臼杵郡),西は肥後国阿蘇郡(熊本県)に接する。面積518km(^2),南北約36km・東西17~20kmで南北に細長い。阿蘇外輪山の東麓を連なり,北は久住(くじゆう)山(1,788m)を主峰とする九重連山,南は九州山脈の最高峰祖母山(1,758m)がそびえ,ほとんど火山および火山灰の高原で構成されている。これらの高山および外輪山に源を発する諸川が,扇形の流路をつくって東に傾斜する竹田盆地に集中し,豊後最大の大野川の本流に注いで東流する。
(古代)「日本書紀」景行天皇の条に,天皇が直入県に入り禰疑野【ねぎの】で土蜘蛛を討った時,来田邑【くたみのむら】(風土記は球覃【くたみ】郷)に行宮【あんぐう】を建てた。
(中世)「弘安図田帳」によると,直入郡270町は大宰府神社領で,地頭職に守護大友頼泰。
(近世)文禄2年大友吉統除国後,秀吉は山口宗永に命じて検地を実施,直入郡3万2,980石余を蔵入地として熊谷直盛(直陳)が代官として配された。
(近代)慶応4年幕府領は日田県となり,明治4年の廃藩置県で岡県・熊本県が成立,翌年すべて大分県に統合された。
直入町(近代)】 昭和30年~現在の自治体名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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