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真玉荘
【またまのしょう】


旧国名:豊後

(中世)鎌倉期~戦国期に見える荘園名。豊後国国東(くにさき)郡のうち。四至画定は不可能であるが,現西国東郡真玉町の真玉川の谷を中心とする地域一帯と考えられる。文治2年の後白河院庁下文案に,弥勒寺領浦部15か荘の1つに「真玉庄」とあるのが初見であるが,「四至載久安庁下文」とあり(益永家記録/鎌遺85),12世紀中期以前から弥勒寺領化していたらしい。「弘安図田帳」には,「真玉庄七十町 宇佐弥勒寺領真玉左衛門次郎惟重跡嫡子又次郎惟有〈法名頼信〉大弐房寛秀・五郎惟村各知行之,豊前大炊入道殿跡六部太郎能重(木付)論之」とある(大友史料3)。永徳元年9月26日の沙弥某奉書案には,御許山領とある(太宰管内志所収佐田文書/大友史料8)。地頭職は真玉氏の本領であったが,「弘安図田帳」では,木付重直の子能重が相論中とあり,前記奉書では木付大炊助(頼直)が一円横領したという。頼直は重直の孫。本来の真玉氏(大神系ともいう)から,大友系の木付真玉氏に変わったことになる。ただし系図では,木付頼直の弟重康の時,当荘居住とする(大友木付氏系図/大友史料32)。年未詳卯月16日の大友義統安堵状が,当荘の終見(田原卯七文書/大友史料24)。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7233362