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下田島
【しもたしま】


旧国名:日向

一ツ瀬川下流右岸,宮崎平野の中央東部に位置し,東は日向灘に臨む。南隣の下那珂にまたがって所在する城ケ峰には78基の古墳が点在し,昭和14年に広瀬古墳として県史跡に指定された。円墳23基・前方後円墳1基・柄鏡式古墳1基・横穴53基からなり,地内には円墳3基・前方後円墳1基・横穴22基がある。中世には宇佐八幡宮領田島荘の一部であった。永享3年12月3日の大光寺回向記に「日州路有智山東禅々寺」と見える東禅寺は,大光寺の末寺で明治4年の末に廃寺となった(大光寺文書・日向地誌)。室町期とみられる伊東祐連の書状には,大光寺にあてて東禅寺との山堺の紛争を調停し,大光寺に譲歩を求めていることが見える(大光寺文書)。大光寺と同じく伊東氏の外護の篤かった寺院であったことが知られる。
下田島村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
下田島(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7235176