津屋野
【つやの】

旧国名:日向
南郷川下流域に沿った細長い地で,北西部に滝平山がそびえる。西南部の久保田の田中に,安楽下総介の墓がある。楕円形の墓石には「安楽下総介」という文字が見られ,土地の人たちは「安楽さま」と呼んでいる。安楽下総介は,戦国末期,大隅国肝付の領主肝付省釣の部将であった。肝付省釣は,長い間伊東氏と結んで,島津氏と戦を交えていたが力及ばず,ついには島津氏に降ってしまう。しかし,伊東氏と手を切るつもりはなく,それを知ってか,島津氏は肝付氏に対し疑念を持ち続けているようなので,その疑いを晴らすために伊東氏との間で偽戦を画策する。天正4年,戦いが始まってみると,かねての約束と違って伊東軍は実戦で臨んできたので,肝付方は大敗し,総大将の薬丸湖雲,副将の安楽下総介以下多くの戦死者を出した。時に安楽下総介は,19歳の若さであったといわれる。「安楽さま」は,若くして散った下総介を哀れんで,その霊を慰めるために土地の人たちがたてたものだという(日向地誌・南郷町史)。
【津屋野村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【津屋野(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7235498 |





