富田村
【とんだむら】

旧国名:日向
一ツ瀬川河口左岸に位置し,東は日向灘に面する。北西部には標高60~70mの洪積台地が続き,観音山がある。また地内には鬼付女(きづくめ)川が流れる。地内には円墳60基・横穴5基からなる富田古墳があり,昭和19年県史跡に指定された。国鉄日向新富駅の西方の丘陵地にある古墳群で,指定当時には鬼付女川左岸の丘陵地の三納代字鐙,日置字今別府・隅ケ迫,上富田字太郎兵衛迫に53基,鬼付女川右岸の丘陵地の上富田字天神平などに12基が所在したが,その後鐙の古墳群はゴルフ場や宅地の造成によって消滅した。三納代の古墳群は,明治初年には100余基を確認したといわれ,大正7年に40基,同14年には14基と次第に消滅して数を減らした(県史蹟調査第4輯)。
【富田村(近世)】 江戸期~明治初年の村名。
【富田村(近代)】 明治22年~昭和34年の児湯郡の自治体名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7235586 |





