原田
【はらだ】

旧国名:日向
「はるだ」ともいう。加久藤盆地の東部,川内(せんだい)川流域に発達する沖積平野に位置する。地名は一番広い耕地を意味するという(えびの9号)。地内には日下部重貞が永暦元年源平争乱によって築いたという飯野城の城跡がある。この城は山城で,亀城または鶴亀城ともいう。また,市役所飯野支所内には,県天然記念物のイチョウの大木がある。このイチョウは天正5年4月吉日に島津義弘が長男鶴寿丸(幻生童子)の供養のために,方形の供養壇を作り,供養塔を立て,供養樹として植えられたものという(えびの市の文化財)。西南戦争時に兵火にかかり,幹の一部が燃えて空洞となっている。県史跡の飯野古墳は当地の1群14基と上江の1群4基の計18基からなり,うち5基が円墳,13基が当地方に多い地下式横穴古墳である。地下式横穴古墳は人目につきにくい地下遺構であるため,その保存が難しい。「日向地誌」によれば,地内には4基の円墳があったというが,現在は千人塚古墳と遠目塚古墳の2基が確認できる。
【原田村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【原田(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7235797 |





