本庄
【ほんじょう】

旧国名:日向
宮崎平野中央部,大淀川支流の本庄川下流域に位置する。地名の由来は,中世において荘園経営の中心地を「本所」といったことにちなむと考えられる。地内の本庄台地には丘地のほとんどが古墳といってよいほど数多くの古墳が点在し,昔から本庄四十八塚と呼ばれてきたが,実際にはそれよりも多い。昭和9年前方後円墳と円墳など57基が本庄古墳群として国史跡に指定された。このうち前方後円墳は18基が現存し,六日町の上山塚・観音山塚,東ノ原の東銚子塚・西銚子塚などはいずれも70mを超す柄鏡形の前方後円墳で,また藤岡山東陵古墳には玉依姫陵墓伝説があり,義門寺の鎧塚,北神ノ原の剣柄神社にある剣塚,十日町の轡塚など出土遺物に由来すると思われる名を残す。ほかに横穴21基も所在し,これは同19年本庄古墳として県史跡に指定された。当地の古刹万福寺にある木造阿弥陀如来および両脇侍像の3躯は,鎌倉期に彫成された榧の一木造りの阿弥陀三尊仏で,昭和19年国宝に指定され,同25年文化財保護法の公布により国重文と改称された。中尊の阿弥陀如来像の内部に「大勧進僧澄円大徳 右志者為偏出離 生死往生□(極ヵ)□(楽ヵ) 大仏師僧聖賢大徳 証大菩提造立□(畢ヵ) 寛喜四歳次癸巳二月日」の墨書銘がある。なお,万福寺の西南に続く薬師堂には県文化財木造薬師如来座像がある。
【本庄(中世)】 室町期から見える地名。
【本庄村(近世)】 江戸期~明治初年の村名。
【本庄村(近代)】 明治22年~大正8年の東諸県郡の自治体名。
【本庄町(近代)】 大正8年~昭和31年の東諸県郡の自治体名。
【本庄(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7236002 |





