南方
【みなみかた】

旧国名:日向
五ケ瀬川下流域に位置し,同川支流の岡元谷川・細見川・行縢(むかばき)川などが流れる。北西部には行縢山がそびえる。国史跡の南方古墳群は,天下(あもり)・吉野・舞野・平田・大貫・西階・野地・野田の各地に散在する古墳群で,円墳35基・前方後円墳5基・横穴古墳2基の計42基からなる。発掘調査は大正2年から昭和4年にかけて行われ,昭和18年国史跡に指定された。地内の高山を背に負い,五ケ瀬川を望む地には松尾城がある。天正6年4月,大友氏は日向北部に勢力を有する土持氏を松尾城に攻めた。この合戦によって松尾城は4月10日落城し,土持親成は敗北して自殺するが,この合戦についての佐田氏・清田氏の軍忠状に大友義統は証判を加え,その功を賞している(佐田文書・佐土原文書/大友史料24)。なお,天正19年の「日向国五郡分帳」に「一同(臼杵)南方 百五十町」とある。これはかなり広域の地を指しているが,当地名はこの臼杵南方の遺称であろうか。
【南方村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【南方村(近代)】 明治22年~昭和30年の東臼杵【ひがしうすき】郡の自治体名。
【南方(近代)】 明治22年~昭和32年の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7236092 |





