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柳沢町
【やなざわまち】


旧国名:日向

(近世~近代)江戸期~現在の町名。通称「やんざまち」,昭和32年からは1~2丁目がある。江戸期は延岡城下7町の1町。延岡城の南東に位置し,北は濠を隔てて南町,西は桜馬場小路と接する。「延陵旧記」には,藩主有馬康純が明暦元年秋に河原に新町を起こし,柳沢町と名付けたとあり,延岡7町のうちではいちばん遅く造営された。町役人として別当・乙名などが置かれている。延岡藩はしばしば洪水の被害を受けているが,元禄15年7,8月にも大洪水に見舞われ,「諸御用御家中寺社控」(九津見家文書)8月30日の項によれば柳沢町の9軒が流失,14軒が倒壊し,日向口御門前から柳沢町までの道は川になり新小路方面との往来ができなくなったので,大瀬橋の渡し舟を柳沢町内から新小路方へ渡すよう指示があった。また閏月8月5日の項には,流失倒壊家人が借米を願い出たが,流失者には麦1俵宛を下付し,倒壊者は多いため下付はないと記している。延享4年頃の「延岡町中竈数人高寺医師酒屋並牛寄帳」(明治大学蔵内藤家文書)によれば,本竈店借共87軒,男女合計338人(男201・女137),酒屋3軒とあり,寺・医師がいなく酒屋が多いのが目立つ。同期の「竈改帳」(同前)によれば,本竈76,店借4,明家を加えて87軒の記載があり,これが10組の五人組に組織されている。これらの商家の屋号を見ると,佐伯屋・豊後屋・阿波屋・さつま屋・大坂屋・播磨屋・広島屋と全国各地から商人が集められていたことをうかがわせる。また日向国内の地名の屋号としては飫肥屋・穂北屋・田代屋などがある。家屋は別当吉田嘉次郎の屋敷が一番大きく,間口10間半・奥行20間とあり,ほかは間口2間7歩半・奥行20間が多い。また嘉永元年の覚に「青物果物市場 北町元町柳沢町〆三ケ所」とあり,柳沢町松屋森甚兵衛の所に青果市場が建てられ村方とのかかわりを示している。延享4年の「当町中指出帳」(同前)によれば,柳沢町別当は吉田嘉次郎で,出北村に給地4石3斗6升余をもち,乙名長左衛門と清四郎は町役目御免でこのうち長左衛門は赤米10俵を給され,その他能方に伝右衛門,脇方兵市などの名が見え給米を受けている。明和元年10月5日,柳沢町大阪屋喜三郎は日平銅山の採掘権を5か年契約で請け負い,毎年の人夫扶持米として米50俵を給されている(日向国史下)。町内の人口は,延享4年から100年後の弘化4年に439人,慶応2年には462人と増加している(御領分宗門人別勘定帳/明治大学蔵内藤家文書)。明治25年の延岡町団体取調書(郡行政/県古公文書)によれば,岡富村の集落であった船倉須崎は,天保13年に柳沢町から街路を設けて新町と称し,のち船倉須崎と呼ばれるようになったもので,弘化元年から柳沢町に含まれ,明治10年に独立したとある。本草学者賀来飛霞は,延岡藩の友人水城太可の招きで弘化2年3月10日から5月11日まで領内を訪れ,南町専念寺を拠点として延岡城下周辺や現日之影町付近で薬草の採集や調査を行い,「高千穂採薬記」を著している。これによれば,3月22日に専念寺に戻った時の様子として「柳沢町婦女子数十人来リ,飲食ヲ斉シ,三弦ナドモ携ヘ来,観音ノ願ホドキトテ夜中マテ歌舞ス,男子ヲミズ,婦女許如此集スル遊歴中未タ嘗テ見サル所也」と記している。明治5年の学制施行により第5大区第26番中学区に属した。同12年4月28日に当町を調査した「日向地誌」には柳沢町は岡富村の字地の1つとして見え,「桜小路ノ東大瀬川ノ北岸ニアリ,街衢東西ニ達ス,人家九十五戸」と記されている。同21年の人口485,反別は畑2畝余・宅地2町余の合計2町余,国税は不明だが地方税308円余・町村費72円余を納入している(郡行政/県古公文書)。明治22年延岡町,昭和8年からは延岡市に所属。明治22年その通称地名となり,昭和5年からは町名となる。明治25年の延岡町団体取調書(同前)によれば,地内は当時7組に分かれ,組ごとに伍長を置き,川除修繕,堀川浚渫,共有財産保護,神社祭典,消防活動,喪家に対する各戸1銭ずつの義捐,大師祭と参詣人の接待(煎茶・赤飯)や造物の陳列,諸税準備の日掛などを協議して行っていた。大正後期から近代的商店街として発展しはじめる。昭和6年10月に商店会柳栄会を設立,はじめ商店街団体として発展的事業活動を行い,簡易舗装道路や街灯照明の鈴蘭灯建設を行うなど注目されたが,同12年火災により70戸を焼失,復旧をみないまま同20年の空襲で罹災した。戦後は往時の商業活動をしのばせるものはない。昭和32年一部が本町1~2丁目・東本小路となり,新町・船倉須崎・岡富の各一部を編入。世帯数・人口は,同35年1丁目62・235(男110・女125),2丁目62・210(男100・女110),同55年1丁目56・137(男53・女84),2丁目76・208(男96・女112)。




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「角川日本地名大辞典」
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