鹿児島県
【かごしまけん】

(近代)明治4~16年の県名。廃藩置県により旧鹿児島藩領をもって成立。薩摩国13郡,大隅国8郡,日向国諸県(もろがた)郡からなる。廃藩置県は明治4年7月9日木戸孝允邸における西郷・大久保・木戸3名の会議によって内決し,直ちに実行に移された。同年11月14日大隅国姶良(あいら)・肝属(きもつき)・曽於(そお)・大隅・菱刈・桑原の6郡と日向国諸県郡のうち大淀川以南の111か村は都城県の一部,諸県郡のうち大淀川以北の17か村は美々津県の一部となり,当県は薩摩国一円および大隅国のうち熊毛・馭謨の2郡,合高32万石余のほか琉球国を所管することになった。明治4年8月上旬知政所は鹿児島県庁と改称,次いで鶴丸(鹿児島)城が兵部省の管轄となると10月4日客屋へ移転した。同年11月14日参事に大山綱良の宣下があり,続いて典事田畑常秋以下の判任官も任命,翌5年2月28日再度県庁を旧軍務所跡に移し,県治条例に従って庶務・聴訟・租税・出納の4課が設けられた。明治5年5月15日都城県所管の大隅国姶良・菱刈の2郡と桑原郡のうち栗野・横川の2郷を編入,高39万2,400石余となる。同年9月14日当県所管の琉球国が琉球藩として分離。明治6年1月15日都城・美々津両県が廃され,旧都城県所管の大隅国の地を編入,日向国一円をもって宮崎県が設置。同9年8月21日宮崎県が廃され,薩隅日一円が鹿児島県となる。同11年宮崎支庁所轄のうち諸県郡は鹿児島本庁所轄となり,翌12年宮崎支庁を廃して各郡治所が開かれた。南西諸島については,明治8年6月12日琉球藩在番所が廃され,鹿児島県大島支庁が名瀬に置かれた。同12年4月大島支庁は廃され,奄美諸島は大島郡として大隅国に編入,郡役所は名瀬(名瀬市大金久)に置かれた。同16年5月9日日向国諸県郡のうち志布志・大崎・松山の3郷を除く日向国一円を再度宮崎県として分離,現行の鹿児島県となる。なお志布志・大崎・松山の3郷で南諸県郡が設置され,大隅国垂水(たるみず)郡役所の所轄となった。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7236988 |





