新川西
【しんかわにし】

旧国名:大隅
肝属(きもつき)川下流左岸に位置する。唐仁(とうじん)古墳群といわれる前方後円墳4基・高塚式円墳135基の古墳群がある。この中で最大のものは大塚古墳と呼ばれる前方後円墳で,最長130m。この大塚古墳の後円部の頂が削られて大塚大明神社が建てられている。神社の渡り廊下の下は石室で,石棺が納められている。大塚大明神社は島津忠久が薩摩・大隅・日向の守護職として下向するに当たり,島津の守護神として,武蔵国秩父神社を勧請建立したものと伝える。肝属川対岸の下伊倉には下伊倉城跡がある。肝付氏の海運の拠点であった。
【新川西村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【新川西(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7237907 |





