熱田
【あった】

旧国名:琉球
方言でもアッタという。沖縄本島中部に位置し,東は中城(なかぐすく)湾に面する。地形は丘陵部と海岸平地からなり,平地部に集落を形成。アッタという地名は砂地(兼久地)にあることが多い。集落の草分けは,勝連(かつれん)間切から移住した屋号根所の先祖と伝える(北中城村史)。住民は,渡口の西北にある宮城御願から渡口の米須嶽の西側に移住し,さらに当地に移動したという仲門・浜川・徳門の3門中に属する人々が多い(同前)。米須嶽は古島の御嶽とされ,宮城御願も第2次大戦前まで拝まれていた。民俗芸能フェーヌシマ(南島踊)は,護佐丸が読谷山(ゆんたんざ)間切から中城間切に移った際,読谷山間切長浜村にあったものをここに伝えたともいう(沖縄歴史物語)。熱田の十字路にアビラウンケンの梵字を刻んだ石碑がある。石敢当と同じく魔除というが,拝むことはない(県文化財調査報告書69)。
【熱田村(近世)】 王府時代~明治41年の村名。
【熱田(近代)】 明治41年~現在の字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7239657 |





