泉崎
【いずみざき】

旧国名:琉球
方言ではイジュンザチという。沖縄本島,久茂地川下流左岸に位置する。かつては国場・古波蔵(こはぐら)から延びて楚辺・湧田に続く台地が,浮島と呼ばれた那覇(なは)に向かって漸次低くなる辺りにあった。「海東諸国紀」の琉球国之図に「江南南蛮日本商舶所」とある。勢治荒御嶽があり,「おもろさうし」には「せちあらとみ」という船名が見え,また首里城守備隊の一隊の名にもなっていることから,この御嶽を祀るこの地には,第一尚氏の頃からすでに村があったと考えられる。泉崎の楚辺勢頭が那覇湊の船荷などを管理する親見世の役職である問役の筆頭であることから考えて,那覇湊にかかわった人々の居住地であったと考えられる。嘉靖17年(1538)日秀上人が湧田地蔵堂を建立(旧記)。「遺老説伝」によれば,昔は宗部村と呼んだが,泉崎橋の酒造業者の酒はくんでも尽きることがないといわれたことから,これを泉酒と呼び,のちに泉崎になったという。
【泉崎村(近世)】 王府時代~明治29年の村名。
【泉崎(近代)】 明治29年~大正3年の那覇区の字名。
【泉崎(近代)】 昭和46年~現在の那覇市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7239797 |





