伊原間
【いばるま】

旧国名:琉球
方言ではイバローマという。石垣島北東部,平久保半島の基部に位置し,字域は細長い。域内の中央部の地峡はフナクヤー(船越)と呼ばれる。ここは太平洋側の長田浜と東シナ海側の伊原間湾との間が約300mで,人々は平久保半島を迂回せず,小舟を担いで越えたことから船越と呼ばれる。王府時代にはこの地峡に船越村があった。船越の北に,はんな岳,西に大浦山,南に金武(きんぶ)岳があり,その東海岸に玉取崎がある。東海岸はリーフが発達し,玉取崎からの眺望は美しい。船越貝塚(八重山考古編年第Ⅰ期)・ナガタ原貝塚(第Ⅲ期)・伝ウッツヌ村跡遺跡(第Ⅲ期)・伊原間遺跡(第Ⅳ期)がある(県文化財調査報告書22)。
【伊原間村(近世)】 王府時代~明治41年の村名。
【伊原間(近代)】 明治41年~現在の字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7239842 |





