奥武
【おう】

旧国名:琉球
方言ではオーという。沖縄本島南海岸から150m離れた奥武島全島を占める。琉球石灰岩からなる低平な島で,浮亀山とも呼ばれた。地名のオーは大きな島の近くにある小島に多く,墓地の島,ないしは古く墓地であったものが多い。約700年前の玉城(たまぐすく)城落城の際,玉城按司の子女がこの島に逃れたと伝えられ,玉城バラ(知念家)・大屋バラ(嶺井家)はその子孫という。村落祭祀も玉城ノロの管掌で,旧暦5・6月のウマチーの時に謡われる神歌にカイムタの大役思い・ケルヨサ大役思いとあることから,カイムタ・ケルヨサが当地の古称であろうか(ウムイ22/歌謡大成Ⅰ)。
【奥武村(近世)】 王府時代~明治41年の村名。
【奥武(近代)】 明治41年~現在の玉城村の字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7240003 |





