垣花
【かきのはな】

旧国名:琉球
方言ではカチヌハナという。沖縄本島南部,那覇(なは)港の南岸に位置する。嘉靖元年(1522)の「真珠湊碑文」,同33年の「やらさもりくすくの碑」などに「かきのはなち」と見える。「南島風土記」では,かきのはなちは垣花地のことで,玉城(たまぐすく)間切垣花村にちなみ,その開拓地という意味としている。「麻姓大宗家譜」によれば,15世紀の初期,大城(おおぐすく)城(玉城間切)の麻姓1世大城按司真武は,島添大里按司下之世之主に敗れ,自刎した。その時,幼少の2世真宗は,母に伴われて,母の郷里の玉城間切垣花村に逃れたが,さらに真和志(まわし)間切儀間村下田原の藪中に隠れ住んだ(那覇市史資料1‐7)。玉城間切垣花村の人々もそこに移り住み,また隣村金城(かなぐすく)の人々も火の神を奉じて移り住み,村の形が整い,垣花地と呼ばれるようになったという。麻氏の伝承に,「那覇やらざ森は,大城やら森の移り名。大城やら森は玉城やら森の移り名なりと伝えこれあり候」とあり(麻氏玉城大城由来記),両地の関係を物語る所伝といえる。「歴代宝案」宣徳元年(1426)の遣明使節に亜斯美・烏魯古など安次嶺や小禄(おろく)の出身者に混じって,佳期巴那の名が見える。
【垣花(近世)】 王府時代の通称地名。
【垣花(近代)】 明治36年~大正3年の那覇区の字名。
【垣花町(近代)】 ①大正3年~現在の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7240182 |





