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川満
【かわみつ】


旧国名:琉球

方言ではカアンツという。宮古島南西部,与那覇(よなは)湾の東岸に位置する。集落の南東には県民俗文化財・町史跡の喜佐真御嶽があり,野城式土器や宮古式土器などが出土しており,グスク時代の遺跡に比定されている。付近にはツカサヤー嶺遺跡・ミイマ(目利真)御嶽遺跡・ウラカネク御嶽遺跡などが散在しており,それらにまつわる伝説が多い。川満地方は古くは浦島と称していたらしく,「宮古嶋記事仕次」に「浦嶋ハ今の川満村なり」と見える(平良市史3)。同書によると,浦島の主,浦天太の妻は目黒盛豊見親の伯母とされる。13~14世紀にこの地域に主と呼ばれる首長が存在していたと考えられる。御嶽をめぐる説話が豊富で,喜佐真御嶽・目利真御嶽には天女が降って,目利真按司の妻となり子をもうけたという伝承があり(雍正旧記/平良市史3),喜佐真御嶽には天女が降り,白殿なる者の妻となり,その子が真種子若按司だという伝承もある(御嶽由来記/同前)。これらの御嶽はいずれも神話的人物を葬った場所,ないしは霊として現われた場所が祭祀の対象となったものである。天女が真種子按司に授けた宝玉を,下地(しもじ)の主,川満大殿がもらい受け,のちに仲宗根豊見親に譲り,嘉靖元年(1522)尚真王に献じたという。「浦島大立大との」の居城と伝える古城跡があり,長さ39間・横31間で,門は午の方に向かうという(雍正旧記/同前)。兄の加賀良按司に殺されたこの城主の子の兼久が,親の仇である叔父の前で謡ったという「兼久按司鬱憤のあやこ」が伝わる(同前)。
川満村(近世)】 王府時代~明治41年の村名。
川満(近代)】 明治41年~現在の字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7240297