鏡原町
【きょうはらちょう】

(近代)昭和34年~現在の那覇(なは)市の町名。成立時に丁目はなかったが,のち1~3丁目ができ,昭和49年まであった。那覇市小禄(おろく)地先の公有水面(漫湖)埋立地に起立。昭和26年漫湖南岸の埋立てを許可され,同32年鏡水(かがみず)の住民が漫湖埋立組合を結成(鏡水80周年記念誌)。同年から同34年にかけて埋立工事が行われた。さらに,同39年3丁目地先,同45年1丁目地先の公有水面埋立地を編入。昭和38年2丁目に小禄高校開校,一時沖縄県唯一の通信課程を置いた。同39年通堂町3丁目の一部を編入。同45年小禄7号と壺川44号を結ぶ那覇大橋が漫湖に架設され(現県道那覇内環状線),那覇の中心部と小禄・糸満(いとまん)を結ぶ重要な幹線となる。事業所数は,同47年48,同53年112。昭和49年小禄の一部を編入,また一部が奥武山(おうのやま)町となる。同53年鏡原中学校開校,泉原公園開設。世帯・人口は,昭和35年13・85,同45年286・1,134,同52年704・2,327。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7240404 |





