東
【ひがし】

旧国名:琉球
方言でもヒガシという。沖縄本島,久茂地川の河口部に位置する。嘉靖32年(1553)屋良座森城が築造される以前は,御物(おもの)城と硫黄城が漫湖を守り,当地の前の浜が船着場であったと考えられる。「由来記」に東村のうちにウレ(降り)地という小地名が見え,これは海中へ突出した地形による地名だとある。天順6年(1462)の普須古(大城)の言に,海浜に天妃娘々殿を作るとあり(李朝実録世祖8年条),これが下天妃宮ならば,当時は当地に面する海浜辺りが船着場であったことになる。やがて那覇(なは)が発展してから,通堂崎を船着場とするようになる。そこで屋良座森城と三重城を結ぶ線が新しい港の防衛線になるが,それ以前は津の左右に鎖を張ったくさり瀬によって賊船を防いだという簡単な防備しかなかった。港湾管理の役所の1つである親見世は,弘治12年(1499)旧蔡氏渡久地家に置かれたとある(蔡姓大宗家譜/那覇市史資料1‐8)。親見世は,方言でウェーミシといい,「海東諸国紀」の琉球国之図に国庫とある。親見世の門前には,日秀上人が創建した夷堂があった。万暦年間(1573~1619),那覇里主に任じられた宣擢英(東風平親方薫精)が親見世大門に門楼を築いて見物処とし,また同じ頃親見世内に鉄器を専売する金庫が置かれた(球陽尚永王条附・尚寧王条附)。
【東村(近世)】 王府時代~明治29年の村名。
【東(近代)】 明治29年~大正3年の那覇区の字名。
【東町(近代)】 大正3年~現在の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7241497 |





