保良
【ぼら】

旧国名:琉球
方言ではブラという。宮古島の南東端に位置し,北・東・南は海に面する。隆起石灰岩段丘でカルスト地形が発達し,残丘の小丘陵が点在し,海岸はすべて断崖をなしている。14~15世紀頃の集落跡といわれる保良元島遺跡は北東海岸の海崖上,標高60m内外の荒地にあり,ここからは宮古式土器・青磁・陶磁器・青花・須恵器などが出土した。同遺跡は,「元史」や「温州府誌」に現われる婆羅や「李朝実録」の悖羅に比定されるが,その集落が消滅した時期は未詳。ほかに,「マムヤのアヤゴ」などに現われる伝承上の崎山村跡,「新腰の女按司」と関連があるといわれる大牧遺跡,外耳土器や中国製陶磁器の出土する保良前方原遺跡,近世期の平安名村跡遺跡などがある。そのほとんどが,圃場整備や採石によって破壊されてしまっている。狩俣に伝わる「マージミガ」や,池間島の「世乞いのアーグ」では,「ぶら」「ぶらぬしま」と謡われる(タービ19・アーグ6/歌謡大成Ⅲ)。また,役人を殺害するための毒魚を取りに行くという内容の保良の子守唄が伝わる(宮古島庶民史)。
【保良村(近世)】 王府時代~明治41年の村名。
【保良(近代)】 明治41年~現在の字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7241677 |





