八重村
【やえむら】
旧国名:琉球
(近世)王府時代~明治12年の村名。久米方粟国(あぐに)島のうち。粟国島の中央部から西部にかけて位置する。方言ではエームラという。村名は「当時用候表」に見える。浜村との境界は鍋凹と呼ばれ,夜,猪の妖怪が出るといわれた(球陽尚敬王32年条)。道光4~7年(1824~27)に島は凶作と疱瘡の流行に見舞われたが,八重村の与那城筑登之らが1,000~1,890貫文を発給し,人々を救済した(球陽尚灝王26年条)。明治12年東村・西村となる。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7241901 |