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島守(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ島守村,昭和32年からは南郷村の大字。島守村の役場が置かれた。明治24年の戸数455・人口2,851,厩20,学校2(徴発物件一覧)。島守尋常高等小学校は,同31年番屋に分校設置,同36年世増に,同42年頃巻沢・不習・七枚田に分教場を設置した。昭和9年七枚田・世増両分教場が統合して増田分教場が設置された。同22年には島守中学校が島守小学校に併設され,同28年独立校舎に移転した。昭和22年田代中学校が開校。同26年増田分校が昇格独立して増田小学校となり,同校に併設されていた島守中学校増田分校(昭和22年開校)も同29年増田中学校となる。同32年不習分校が昇格独立して緑小学校となった。同36年田代小学校古里分教場が独立して古里小学校となったが,現在は田代小学校に吸収されている。不習岳からは八甲田連峰や太平洋を遠望でき,八戸市民の森がある。昭和54年に歴史民俗資料館が開設された。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7251125