白糖(近代)

明治22年~現在の東通村の大字名。明治24年の戸数89・人口848,厩81,学校1,船148(徴発物件一覧)。大正14年県費支弁の港湾に白糠港が編入,避難港として昭和2年起工し工費15万円を費やして,同5年竣工した。今日白糠漁港はイカ漁の最盛期である秋から冬にかけての西北風には激浪を伴うので,避難する船は数百隻にも及ぶ。今後は漁港の整備を進めることによって沖合漁業への進出も大いに期待される。しかし,近年東通村原子力発電所の予定地となり,賛否両論があって揺れている。かつて支村であった老部地区では大正2年凶作による救済工事があり,県道・郡道の改修が行われ白糠から老部を経由して国鉄大湊線近川駅に直結した。昭和15年頃から貨物自動車が,下北バス会社でも昭和17年白糠線乗合バスを開始した。老部は半農半漁であり,納屋漁業がイワシの豊漁で発達したところである。白糖小学校に,昭和22年南部中学校を併設,小田野沢・老部分校設置,同26年小田野沢分校は昇格独立し,小田野沢中学校となり,同27年老部分校は廃止された。世帯数・人口は,昭和25年454・2,860(白糠295・1,819,老部159・1,041),同36年532・3,489(白糠356・2,265,老部176・1,224),同45年584・2,902(白糠395・1,949,老部189・953),同55年655・2,874(白糠424・1,830,老部231・1,044)。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7251227 |





