100辞書・辞典一括検索

JLogos

44

豊川村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。津軽郡田舎庄のうち。弘前藩領。「村名改称并新村創立調」によれば野田村が享保11年に豊川村と改称している。享保12年に広須新田川通り32か村のうちの1村として見え,村位は下,免合は六ツ成とある(平山日記)。村高は,元文元年検地帳193石余(田185石余・畑屋敷8石余),「天保郷帳」226石余(うち弘前本では天明8年改出新田114石余・文化9年改出新田112石),「旧高旧領」246石余。元文元年の検地帳によれば,反別は田22町3反余・畑屋敷5町2反余。神社は,享保元年に勧請されたという春日神社が地内初瀬山にある(西津軽郡史)。なお,同社の勧請は享保3年ともいわれ(稲荷村史),また,同社はのち明治初年の一時期,出野里村神明宮に合祀される(国誌)。明治4年弘前県を経て,青森県に所属。同11年西津軽郡に属す。明治初年の戸数64,うち支村豊川26,また,豊川支について「別に在名なし,本村の北四丁九間にあり」と記す(同前)。明治9年楽田村を合併。明治7年沼崎村に沼崎小学が開校,同11年当村楽田に校舎移転,同12年の生徒数55,ただし男のみ(明治12年公学校表),同13年精通小学と改称。また,明治9年当村に豊川小学が開校,同22年沼崎字幾代崎に移転。明治12年の「共武政表」によれば,戸数73・人口500(男267・女233),馬71,学校2,物産は米・糯・大豆。同22年稲垣村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7251732