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野牛(近代)


 明治22年~現在の東通村の大字名。明治24年の戸数36・入口310,厩16,学校1,水車1,船72(徴発物件一覧)。野牛浜付近にある砂鉄製錬所は,豊富な松材を燃料として採取製錬していたが,明治24年頃採算がとれなくなり廃止した。大正8年第1次大戦の後をうけて陸軍省が軍用材の自給自足の必要に迫られ,医学博士岸一太を首脳とし同9年陸軍省臨時鉄原料研究所野牛研究所を設置。のちに東京砲兵工廠に移管,さらに八幡製鉄所に移管。大正12年工学博士長谷川熊彦に命じ野牛工場を運転したが,当時の技術と輸送機関の不備のため企業化に至らず中止した。戦後再び野牛砂鉄が脚光を浴びて砂鉄ブームを呼んだ。神事芸能に能舞がある。かつて支村であった海岸沿いの字入口は,漁村としての景観を呈し漁業の比重が高く専業農家は全くみられない。また昆布漁は従来イカ釣漁とともに村の漁業面において二大支柱となっている。むつ市から目名・石持を通り尻屋に至る県道が東西に貫通しており,定期バスもあり交通は便利である。野牛尋常小学校に明治26年入口分校設置,同32年には入口尋常小学校となり,のち変遷して昭和2年入口尋常高等小学校となる。同小学校に昭和22年北部中学校入口分校併設,同26年昇格,入口中学校となる。同29年には入口中学校野牛分校は昇格,野牛中学校となる。世帯数・入口は,同45年248・1,203,同50年258・1,152,同55年266・1,118。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7251988