深浦(近代)

明治22年~現在の大字名。はじめ深浦村,大正15年からは深浦町の大字。明治24年の戸数380・人口2,114,学校1,水車1,船1(徴発物件一覧)。昭和9年国鉄五能線の大戸瀬~深浦間が開通,同年深浦駅が開業。現在,弘南バスが海岸沿いの国道101号を走り,鰺ケ沢~深浦間を結んでいる。昭和31年字苗代沢に役場の庁舎完成,のち同57年に現庁舎が新築された。明治29年深浦尋常小学校は深浦水産補習学校を併設。大正2年広戸尋常小学校,同3年には追良瀬尋常小学校・三和尋常小学校を併合しそれぞれ分教場を設置。昭和23年長慶平分校設置,追良瀬・舮作分教場が独立,同26年には横磯・広戸の両分校も独立。同72年東野分校設置。昭和22年深浦小学校に併置して深浦中学校が開校され,同36年舮作中学校,同37年驫木【とどろき】中学校,同40年風合瀬【かそせ】中学校,同46年松原分校を統合。昭和23年深浦中学校に併設して鰺ケ沢高校深浦分校が開設,同32年独立して深浦高校となり,同44年広戸に新築移転し,同45年には県立となる。同55年町歴史民俗資料館が完成。世帯数・人口は,昭和45年970・4,026,同55年956・3,295。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7252216 |





