本郷(近代)

明治22年~現在の大字名。はじめ五郷村,昭和29年からは浪岡町の大字。五郷村役場は当地に置かれた。明治24年の戸数146・人口883,厩6(徴発物件一覧)。明治25年,竹鼻尋常小学校・栄進尋常小学校が統合して六郷小学校となったので,地内字柳田に校舎を新築し本郷尋常小学校が誕生した。同小学校は昭和8年高等科併置,同22年本郷小学校を併設して高等科生を中学校に移籍した。本郷中学校は昭和25年北中野中学校と合併して五郷中学校となり,北中野に移転した。なお五郷中学校は昭和51年浪岡中学校となった。当地出身の人物としては,東京大相撲で小兵ながら横綱梅ケ谷らを相手に名勝負を残し,特に明治44年の新橋クラブ事件では,力士の老後保障などを要求して中心的に活躍した浪ノ音がいる。世帯数・人口の推移は,大正14年226・1,308,昭和40年345・1,722,同45年336・1,548,同50年333・1,501,同55年326・1,425。同年の総農家数224(専業農家42)・農家人口1,099(農業就業人口374),経営耕地面積200.87ha。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7252359 |





