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湊村(近代)


 明治22年~大正13年の三戸郡の自治体名。浜通村の一部(旧湊・白銀の地域)と大久保村が合併して成立。浜通・大久保の2大字を編成。明治24年の戸数748・人口5,053,学校2,船356(徴発物件一覧)。同年には長谷川藤次郎が綿糸を使った改良揚繰網を考案,それまでの沿岸から沖合へと漁業の発展を促した。同32年,湊尋常小学校に水産補習学校を付設,実習として缶詰の製造に当たった。同44年11月1日,当村の漁民ら約1,000名が鮫の恵比須浜にある東洋捕鯨会社鮫事業所に乱入,破壊したうえ放火するという事件(クジラ騒動・東洋捕鯨会社焼打ち事件)が起こった。原因は①事業所の誘致推進派が漁民の十分な理解を得ることができなかった②事業所が操業期間を守らなかった③前年好漁だった鰯が不漁に終わったため,鯨の解体作業による海水汚濁が元凶と考えられたことなどが挙げられる。事件後40人が起訴され,うち30人が懲役,6人が罰金,4人が無罪の判決を受けたが,明治天皇崩御で全員特赦。大正7年下北郡大畑町から地内の縄張に曹洞宗の東円山海安寺が寺籍を移転。戸数・人口は明治35年994・6,480,同43年1,228・7,646。大正9年の世帯数1,728・人口1万1,108,うち職業別人口内訳は,農業2,558,水産業5,765,鉱業7,工業1,122,商業825,交通業263,公務・自由業155,その他353,無職業60。同10年1,693・1万1,347。同13年町制施行。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7252484