永井(近代)

明治22年~現在の大字名。はじめ飯岡村,昭和30年都南村,平成4年からは盛岡市の大字。明治22年の戸数141・人口854。同23年日本鉄道(現国鉄東北本線)が盛岡まで開通,同32年の秋,汽車の機関車から飛び散った火の粉のため字下永井の民家31軒が全焼する大火があった。大正5年の戸数186・人口1,144。昭和19年東北本線の永井信号所が地内に設置され,同25年岩手飯岡駅に昇格。世帯数・人口は,同26年239・1,030,同30年239・1,593。同45年岩手飯岡駅が無人駅となる。同55年永井大念仏剣舞は国重要無形民俗文化財に指定された。同剣舞は,200年近く前から伝えられる供養念仏の一種で,踊りは円形の大きな台笠を静かに振り,その周りを踊って円形をなし,南無阿弥陀仏を歌にして唱えるものである。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7254364 |





