西宮野目(近代)

明治22年~現在の大字名。はじめ宮野目村,昭和29年からは花巻市の大字。明治22年の戸数99・人口580。昭和7年の世帯数136・人口943。地割は遊子・熊野・林・穴沢・銭淵・工沢・飯豊森・先屋・川原・狐古・山王田・三岳堂・田中・向などの小字に基づく1~14地割。明治23年ほぼ中央を南北に日本鉄道(現国鉄東北本線)が開通した。北部の東北本線東側に,昭和10年国天然記念物に指定された花輪堤花菖蒲群落がある。かねてから湯口村豊沢地内に計画されていた用水ダムの建設が進み,受益圏の当地では,昭和34~39年従前地水田189.9ha余の区画整理と畑10.8ha余・山林23.7ha余・原野96.6ha余の土地改良事業を実施。これにより水田面積が344.8haとなった(豊沢川土地改良区資料)。なお当地域ではダム建設に伴う水没者のうち13戸の移転を受入れた。昭和36年葛・東宮野目地内に花巻空港の設置が確定し(同39年開港)空港用地となる宮野目小学校が昭和38年に,同51年には中学校が当地に移転。同53年宮野目地区公民館,同54年同地区社会体育館などが建設された。世帯数・人口は,昭和31年182・1,096(男572・女524),同40年271・1,302(男661・女641),同50年388・1,536(男753・女783),同57年494・1,878(男922・女956)。豊沢ダム・花巻空港などの建設に伴う移転者の受入れ,公・私営の住宅建築のほか,製造業・販売業などの店舗が進出し,国道4号沿線は急速に市街化の様相を呈してきており,さらに昭和51年開通の広域農道幸田狼沢線が南部を横断し,翌52年には西端を東北自動車道が走るなど農村の姿も変わりつつある。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7254518 |





