似鳥村(近世)

江戸期~明治22年の村名。二戸郡のうち。盛岡藩領。享保20年から福岡通に属す。村高は,「正保郷村帳」150石余(田55石余・畑95石余),「貞享高辻帳」188石余,「邦内郷村志」「天保郷帳」ともに407石余,「安政高辻帳」326石余,「旧高旧領」427石余。「邦内郷村志」では,家数126・人数533,馬145,神社は稲荷社,寺院は曹洞宗鳳林寺。「本枝村付並位付」によれば,位付は上の下,家数117,集落別内訳は本村77・合川8・浅石8・山田24。天保3年の「福岡通御代官所御郡分書上帳」によると,高173石余のうち蔵入地110石余・給所高63石余,ほかに主計殿御返地高253石余があり,すべて蔵入地。地内の八幡神社は明治2年以前は長流山観世音と称し,別当は大法院で,浄法寺村の天台寺と関係の深い観音であるという。明治元年弘前藩取締,以後黒羽藩取締,九戸県,八戸県,三戸県,江刺県,青森県を経て,同9年岩手県に所属。明治18年の村の幅員は東西約1里・南北約1里9町,税地は田20町余・畑159町余など計218町余,戸数121・人口603(男328・女275),馬170,職業別戸数は農業106・雑業13,物産は馬・雉子・兎・米・麦・粟・稗・大豆・蕎麦(管轄地誌)。明治22年御返地村の大字となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7254524 |





