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若柳村(中世)


 戦国期に見える村名。伊沢郡のうち。天文3年8月7日石河越後守は郡主柏山明吉より,「若柳村ニ而五千苅」を給された(半入石川彦次郎文書)。若柳要害の関合館は千田氏宅の一帯。北面に土塁・水濠の跡を残す。東西100m・南北50m。館主不明(仙台領古城館)。字兎口の兎口館は土橋から丑転へぬける峠上にある。円郭式の山城(比高30m)。東西200m・南北120m。西辺に空濠がある。館主不明(同前)。字市野々の猪鼻館(栄花館)は胆沢川に突き出た断崖上にある(比高30m)。土塁・空濠によって2郭に分かれる。東西80m・南北160m。八谷冠者定国の家臣某の居所と伝える(同前)。鹿合の鹿合館は胆沢川北岸の山城(比高80m)。本丸北面には馬蹄形の土塁と二重空濠が残る。本丸南面に伸びる出曲輪には山の神の小祠と「館の杉」(樹齢500年)が立つ。東西100m・南北200m。館主不明。南麓の平場は山居寺の跡とされる。字蜂谷の蜂谷館は奥羽山脈の一角,笹森山系の一嶺,蜂谷山(標高750m)の中腹にある。天然の巨岩のほかに遺構はない。文治年間,八谷冠者定国の居所と伝える(同前)。松尾の曹洞宗松原山鳳凰寺は玉室嘉玖和尚の寛正元年開山と伝え,本山は永徳寺村永徳寺(安永風土記)。




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「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7255212