深谷(近世)

江戸期の代官区名。桃生郡のうち。中世の深谷保の領域に当たる。正徳年間には桃生郡に属している(同年4月11日将軍家判物/宮城県史)が,寛永11年頃はまだ独立の領域であった(同年8月4日将軍家光知行判物/宮城県史)。また寛文年中の伊達宗重の書には「今の桃生郡の和淵村・前谷地【まえやち】村は寛永十七年まで遠田郡にて,同年桃生郡に入りし趣き記してあれば」とあるから,郡境も明確を欠いていた。確定した深谷の管下は広淵・鹿又・和淵・前谷地・須江・北・小松・大曲・矢本・赤井・塩入・大窪・宮戸・上下堤【じようげづつみ】・川下【かわくだり】・大網・浜市・牛網・高松・新田【につた】・福田(西福田ともいう)・根古【ねこ】・大塚・野蒜【のびる】・浅井の各村と小野本郷の計26か村。公称深谷二十四村というのは,村肝煎を置かない大網・新田両村を除いた呼びかた。代官所が広淵村に置かれ,また小野本郷・鹿又・和淵3村に所【ところ】があってそれぞれ富田・瀬上・武田氏が拝領。また広淵・鹿又・和淵・矢本の4か村に宿駅があった。寛文11年の総高9,732石,天保5年3万9,926石。明治元年は4万817石余(宮城県史)。江合【えあい】(玉造)・北上両川を改修し,広淵大堤・新田用水・臼ケ筒用水・甲田ケ淵堤などを作り,主要水源とした(近世における桃生郡の新田開発/石巻地方の歴史と民俗)。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7257374 |





