二木村(近世)

江戸期~明治22年の村名。名取郡北方のうち。村高は「元禄郷帳」1,581石余,「天保郷帳」では1,945石余。「封内風土記」によれば戸口68,山王権現社,稲荷社,浄土真宗水白山長称寺,曹洞宗茂葉山昌林寺のほか今泉村円乗寺末の天台宗明恩庵があった。村内の三本塚には長さ8間・横1間と長さ6間・横1間の2つの橋があり,三本塚は慶長16年の大津波後の荒廃地を開墾した所と伝える。明治元年新仙台藩,以後仙台県を経て,同5年宮城県に所属。明治10年頃の戸数93・人口750。同22年三本塚が分離,当村域は名取郡六郷村の大字三本塚・大字二木となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7257431 |





