100辞書・辞典一括検索

JLogos

38

仙北郡


寛文4年4月,秋田藩の郡制整備により,山本郡を仙北郡と改称。横手盆地の北部に位置する。寛文4年までは山本郡。西南部の大沢郷内に,秋田藩領のほか亀田・矢島両藩領が混在。藩境争論が続いたが,寛文4年12月争論に一応の解決をみる。「元禄7郡絵図」では,亀田・矢島両藩領8か村1,415石余を含み,174か村8万2,030石余と表示。享保16年領知高調では,当郡181か村・9万3,325石のうち,秋田藩領分は175か村・9万1,570石(うち古田本高5万9,040・古田残高1万3,631・新田1万8,899)とあり,「天保郷帳」に亀田・矢島両藩領分9か村・2,686石を含み,当郡175か村・9万3,611石余と記載。大沢郷の一部を除いても,秋田藩領内で最大の穀倉地帯であった。角館【かくのだて】に所預【ところあずかり】を設置し,刈和野【かりわの】に足軽駐在地を温存。六郷・神宮寺・長野(のち角館)に郡奉行下の御役屋を置く。広大な地域のため,街道筋・西街道・前北浦・奥北浦などに分けて管轄したらしい。羽州街道と雄物【おもの】川の大動脈が走る。「享保郡邑記」では黒印村175か村・総家数1万2,151軒。「享保黒印高帳」では175か村・10万5,526石・当高9万1,570石余(うち本田5万9,873・本田並1万2,797・新田1万8,899),「寛政村附帳」では174か村(うち親郷19か村)・8万1,385石余(うち蔵分2万1,745・給分5万9,640)と認定。南部藩領境の生保内【おぼない】と善知鳥【うとう】に境口の関所・番所を設置。六郷・大曲【おおまがり】・花立【はなだて】・刈和野・角館・白岩前郷に在方市開催が公認される。天明3年六郷打毀し,文化2年高梨村越訴事件などを経て,天保5年前北浦・奥北浦の大一揆が発生した。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7259763