100辞書・辞典一括検索

JLogos

51

椿村(近世)


 江戸期~明治10年の村名。出羽国仙北【せんぼく】郡のうち。秋田藩領。中世末期の中西村や十六沢村などを合わせ,椿林【つばきばやし】村として近世村落を編成。「正保国絵図」には椿林村403石と図示。当時,南西部に広がる未墾地の柏木野【かしわぎの】は草刈場,馬の放牧地として利用されていたが,延宝5年上堰用水造成後の開発の中で,柏木田新田【かしわぎだしんでん】村が寄郷として独立。この頃,椿林村は椿村と村名を変更し,「元禄15年変地目録」(佐竹文書)にその旨が報告され,「元禄7郡絵図」にも椿村403石余と図示。「享保郡邑記」の記す枝郷は中西・十六沢・五百刈田・高野【こうや】・中荒川・金井神【かないがみ】・田中・寺信太【てらしだ】の8か村で,戸数39軒(うち枝郷分35)。「月の出羽路」では中荒井村以下4か村の代わりに境堀【さかいぼり】・谷地・肥前・三ツ木田【みつぎだ】・小沼・向野【むかいの】・義助野【ぎすけの】の7か村を入れて計11か村,戸数51軒(うち枝郷分46)・280人(肝煎田口氏・山ノ手氏)・馬78頭と記す。かなり変動のあった村とみられる。「享保黒印高帳」では村高546石余・当高518石余(うち本田406・本田並7・新田105),「寛政村附帳」で当高384石余(うち蔵分33・給分350)と認定。この頃は,小滝【こたき】川流域に位置する寄郷9か村の親郷であったが,19世紀になると親郷は野田村に変わり,当村はその寄郷扱いとなる。同じ頃,隣接の白岩【しらいわ】村も勝楽【かつらく】村と親郷の位置を交代しているので,角館【かくのだて】町中心の街道整備にかかわる政策の結果とみられる。村鎮守薬師堂のほか,小祠9社がある。また金井神大清水など湧泉7か所がある。「天保郷帳」は518石余。「元治元年前北浦村々帳」(小貫家文書)では当高420石余・60軒・326人・馬58頭とある。明治10年豊岡【とよおか】村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7260049