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草野村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。行方郡のうち。相馬中村藩領。山中郷に属す。村高は,正徳元年の村高辻帳では331石余,「天保郷帳」には「古者草野村・松塚村・深谷村・伊丹沢村 四ケ村」と注記があり1,366石余,「旧高旧領」1,013石余。明暦年間に松塚・深谷・伊丹沢・関根の4か村を分村。古来当時軒別増減による家数は,延享年間には170軒,天明3年85軒,嘉永元年37軒(県史9)。当村は伊達郡川俣と二本松への分岐点で,問屋場が置かれ,人馬継立,物資の集散地として重要な役割を果たした。藩最大の馬産地帯で,天明・天保の飢饉による荒廃からの復興を図るため大和田儀左衛門らの努力により一層の発展をみた。馬市は当村と飯樋村とで隔年で開かれ,市に出された馬数は,明治13年493,同15年579,同19年503,同29年566,同37年757(県統計書・相馬郡統計書)。寺院は曹洞宗護法院・浄土真宗善仁寺。護法院は,天正18年相馬義胤の川俣出陣の時,伊達郡川俣の頭陀【ずだ】寺の和尚との約束によって建立されたと伝えられ,明暦2年相馬中村藩より寺領8石を拝領。神社は綿津見神社・白山神社。磐前【いわさき】県を経て明治9年福島県に所属。戸数・人口は明治13年67・478,同20年109・828。同21年の耕地は田72町余・畑30町余(合併町村調及追加表/県庁文書)。明治12年行方郡に属し,同22年新舘村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7267298