折笠村(近世)

江戸期~明治22年の村名。常陸国多賀郡のうち。はじめ佐竹氏領,のち慶長14年からは水戸藩領。村高は,寛永12年「水戸領郷高帳」368石余(ほか新田24石余),「元禄郷帳」491石余,「天保郷帳」524石余,「旧高簿」376石余。「水府志料」によれば,石神組に属し,戸数72,村の規模は東西18町45間・南北5町21間。岩城相馬街道が通る。天保13年の検地では,田畠46町3反余,分米375石余,新開田畠5反余,分米1石余(新編常陸)。物産は米・麦・小麦・大豆・小豆など。また水産業も行われ,文化5年の7~12月までの漁獲高に応じた税金高は鐚166貫600文,翌6年の1~6月までは鐚40貫500文(日立市史)。神社は天神社(新編常陸)。明治4年茨城県,同11年多賀郡に所属。明治22年豊浦町の大字となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7272539 |





