孫根村(近世)

江戸期~明治22年の村名。常陸国茨城郡のうち。はじめ佐竹氏領,のち慶長14年からは水戸藩領。村高は,寛永12年「水戸領郷高帳」752石余,「元禄郷帳」717石余,「天保郷帳」768石余,「旧高簿」503石余。寛永18年岩船村・観世音村を分村。天保年間観世音村を再び合併。「水府志料」によれば,増井組に属し,戸数74,村の規模は東西12町・南北18町,特産物は孫手紙。鎮守は今宮三社神社。寺院は真言宗宝徳院大興寺(現在廃寺)。寛文2年孫根・観世音両村の農民と高久・北方両村の農民が草刈場の境界争いを起こす。加藤木正頼は酒造業を家業とするかたわら文政8年以来43年間庄屋を勤め,その次男
叟・孫東之介は幕末の尊攘運動に活躍。明治4年茨城県,同11年東茨城郡に所属。明治22年岩船村の大字となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7276662 |





